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名古屋地方裁判所 平成8年(ワ)4677号 判決

原告

澤田幸一

ほか一名

被告

安藤進

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告澤田幸一に対し金四五三万一九八一円、原告有限会社沢田建装社に対し六三五万四一七〇円及びこれらに対する平成七年九月二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に被告に対し民法七〇九条により損害賠償請求をする事案である。

一  前提事実(括弧内の甲乙は認定に用いた証拠。特段の記載のないものは争いのない事実)

1  交通事故

(一) 日時 平成七年九月二日 午後一二時五〇分ころ

(二) 場所 愛知県春日井市乙輪町二丁目四三番地先道路上

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車

(四) 被害車両 原告澤田幸一(以下「原告澤田」という。)運転の普通乗用自動車

(五) 態様 信号機のない交差点の北東方向から進入した原告澤田運転の被害車両に対し、北西方向から進入した被告運転の加害車両が衝突した。

(六) 傷害 本件事故によか原告澤田幸一は頭頸部外傷、右肩挫傷、頸部挫傷の傷害を受けた(甲一八の二)。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告

(1) 原告は、見通しが悪く一時停止の規制のある狭路から交差点に進入するに当たり、一時停止や減速をして交差する広路を進行してくる車両の動静に十分注意すべき注意義務があるのにこれに違反した過失がある(過失相殺)。

(2) 甲第二、第三号証は、予め原告澤田が作成した上、被告の心理的な負担に巧みに付け込み署名・押印させたものであって、その内容は被告の真意に基づくものではない。

仮に本件事故の責任を認めたような外観があっても、それは、本件事故と相当因果関係に立つ適正割合の損害を賠償する意味と解すべきである。

(二) 原告澤田

(1) 本件交差点に進入するに当たり原告澤田が一時停止や減速をしなかったとの被告の主張は否認する。

(2) 被告は、事件後、原告に対し過失相殺の主張をしないことを約している(甲二、三。全額賠償約束の存在)。

2  会社の損害

(一) 原告会社

原告会社は平成七年五月一日に有限会社名西興業との間に契約期間を同月五日から平成八年五月五日までの一年間、一か月の報酬を八〇万三四〇〇円と定めて神戸管内各現場管理契約を締結したが、原告会社の代表者である原告澤田が本件事故により稼働できなくなったために平成七年一〇月一一日に契約を解除され、また同年九月は二日間しか働けなかったために六三五万四一七〇円の損害を被った。

(二) 被告

原告会社の損害を否認する。

第三争点に対する判断(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)

一  過失相殺

甲第一号証、乙第五、第六号証を総合すると以下の事実を認めることができ、これに反する原告澤田本人尋問の結果、甲第二四号証、第二七号証の記載はいずれも信用することができない。

1  本件交差点は、信号機による規制のない交差点であり、原告が進行した北東と南西を結ぶ道路には一時停止の規制があり、被告が進行した北西と南東を結ぶ道路には一方通行路で時速三〇キロメートルの規制がある。

2  被告は北西方向の道路から時速四〇キロメートルないし四五キロメートルで本件交差点に進入したものであるが、道に迷って右折路を捜しながら進行していたため本件交差点の一〇メートルほど手前に至って初めて原告澤田運転の被害車両が交差点に進入していることを発見し、急ブレーキをかけると共にハンドルを右に切ったものの、交差点南西の出口付近で被害車両に衝突した

3  原告は、本件交差点に進入する際、一時停止の規制があるにもかかわらず停止、減速することなく進入した。

以上の事実を総合すると、本件事故は、被告の前方不注視と原告澤田の一時停止義務違反があいまって生じたものと認められ、双方の過失を対比すると、原告澤田についてその損害から八割を減額するのが相当である。

二  全額賠償の約束

前掲各証拠、甲第二号証、第三号証、原告澤田本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故直後、原告澤田は被告に、被告の一方的な過失で事故を起こしたとのメモを作成するように強く求めたため、前方不注視を自覚し、かつ、原告澤田の進行方向に一時停止の標識があることを知らなかった被告は、原告澤田の言うとおりに「私が全部悪いので」という趣旨のメモ書きを作成して原告澤田に渡した。

2  三日後の同月五日に、原告澤田と被告とは、本件事故の事後処理に関して面談したが、その際、原告澤田は「誓約書」と題し、「事故に関わる一切の責任を取ります。」との文言で始まる文書(甲三)を作成して持参し、被告に署名押印を求めた。この文書には、治療費用及び物損等すべての支払を約束する旨の記載があった。被告は嫌がらせをされたりもめたりするのは嫌だという気持ちがあり、また、事故当日に既に責任を認めるメモ書きを渡していたことが頭にあったことから今更反論はできないとの思いもあって、ただ責任範囲が無限定となることを恐れて、澤田の了解を得て「年月に関係なく責任を持ちます。」との部分を「医師の診断に基づき、完治とする間」とのみ訂正して署名し、指印を押した。その数日後、原告澤田が同じく「誓約書」と題する文書(甲二)を右の清書であるとして示して押印を求めたため、被告はこれにも署名、押印をしたが、その内容は、甲第三号証に被告が訂正を加える前の内容と等しく、「如何なる場合も、年月に関係無く」保証するとの記載になっていた。

3  その後、同月二六日になって、原告澤田と被告立ち会いの上、実況見分が行われたが、実況見分調書には、原告澤田の指示説明は衝突地点と停止地点のみであった。

以上の経緯に照らすと、被告の甲第二、第三号証への署名押印は、原告澤田の本件事故に基づく全損害について責任を認める趣旨とは認められない。また、被告は、原告澤田にも落ち度があることを知った上で責任がすべて自分にあることを認めたものではないから、過失相殺の主張を放棄する意思があったとも認められない。

三  損害額

(原告澤田)

1 治療費等 (請求三三万四四五三円)一三万六〇一〇円

甲第一八号証の二によれば、原告は本件事故後、平成七年九月二日から同年一二月一八日までに春日井市民病院に合計一五日通院し、その治療に右金額を要したことを認めることができる。なお、原告澤田は、他に樋口整形外科に受診し、またヘルストロン、マッサージ、指圧治療院での治療、銭湯などの費用を治療費として請求している。しかし、樋口整形外科への受診は春日井市民病院への通院とほぼ同時期であるにもかかわらず、双方への通院を必要としたと認めるに足る証拠はない(乙九、一〇)。マッサージ等については、原告本人は医師の指導で開始したかのように述べる部分もあるが、結局いずれも開始したころに医師に聞いたこともあるというのみで、医師の指導や紹介によるものではなく、その効果も判然としないから本件事故の損害として認めることはできない。

2 通院交通費 (請求二四万七〇二〇円)二万六一〇〇円

甲第九号証、第一八号証の二、第二一号証によれば原告澤田の春日井市民病院への通院交通費は一往復当たり一七四〇円であり、通院実日数は一五日であるから通院交通費二万六一〇〇円が損害として認められる。

3 休業損害(請求二四三万六〇〇〇円)二五万〇六七七円

原告澤田は、本件事故当時、一日当たり二万八〇〇〇円の日当で、訴外有限会社名西興業の神戸管内各現場管理の仕事に当たっていたと主張し、これに沿う書証もある(甲一一ないし一三)。しかし、これらの書証の宛名はいずれも原告会社であること、そして、甲第一三号証によれば、右の名西興業から支払われた額は平成七年の五月から九月までで総額三二五万一〇〇〇円となるにもかかわらず、原告の平成七年の所得は二六七万八四〇〇円(甲二二)であること、勤務日数も甲第一〇号証と第一三号証とでは一致しないことに照らすと、右の書証に沿う入金があったとは認めることができない。そこで、当裁判所に顕著な事実である賃金センサス平成七年第一巻第一表の産業計全労働者四五歳ないし四九歳の平均年収額六〇九万九八〇〇円を基準として、春日井市民病院への通院実日数一五日分の休業損害として二五万〇六七七円を本件事故による損害として認める。

6,099,800/365×15=250,676.7

4 慰謝料 (請求八四万円)四五万円

前記認定の通院の状況に照らすと、本件事故による原告澤田の傷害に対する慰謝料は四五万円をもって相当と認める。

5 車両修理代(請求五一万一七七五円)二九万一七五八円

甲第一六号証の一、二、第一七号証、第二五号証、乙第一ないし第三、第六号証によれば、被害車両は原告澤田の所有であるところ、本件事故により被害車両の前部右側面と加害車両が衝突し、右フロントフェンダーなど(フロントガラスを除く)が損傷し、修理費が合計二九万一七五八円であったことが認められる。

前掲各証拠によれば、被害車両のフロントガラス中央下部にも傷があり、修理されている(修理費二二万〇〇一八円)が、この修理は他の部分とは別の時期に修理されていること(甲一七)、被告は事故直後に損傷個所を指し示して写真を撮ったが、その際、フロントガラスの傷を原告澤田から指摘された記憶はないこと(乙六)、本件事故の前記の態様及びその他の損傷個所の状況に照らすと本件事故によりフロントガラスに外力が加わったとは認めがたいことに照らし、フロントガラスの修理費は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできず、他に、これを認めるに足る証拠はない。

6 評価損 (請求三〇万円)

前掲各証拠から認められる修理の内容、費用に照らし、修理後もなお被害車両に評価損が残ったことを認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

7 小計

一一五万四五四五円

三  過失相殺

前記一で認定したとおり原告澤田の損害額から八割を減額すると、被告が原告澤田に対して賠償すべき損害額は、二三万〇九〇九円となる。

四  損害の填補 二九万九八八一円

乙第七号証によれば、原告澤田は損害の填補として右金員の支払を受け、あるいは支払を免れたことが認められる。なお、原告澤田は、このうち四万八一五〇円は重複して計算されていると主張するが、前掲の乙第七号証と甲第一八号証の二を対比すると、春日井市民病院が平成七年九月二日から同年一二月八日までの治療費等合計一三万六〇一〇円について、内金八万七八六〇円は東京海上火災保険株式会社に、内金四万八一五〇円を原告澤田に請求し、これらがいずれも東京海上火災保険株式会社によって支払われ、原告澤田の損害の填補となっていることが認められる。

そこで、右の額全額を控除すると、被告が原告に対して賠償すべき損害はない。

(原告会社について)

損害

原告会社は、原告澤田が本件事故によって負傷し、神戸管内の現場管理が不可能となったため、取引先から契約を解除され損害を被ったと主張し、これに沿う内容の書面が存在する(甲一一、一四)。しかし、甲第一二、第一三、第一五号証に照らし、甲第一一、一四号証の作成の真正を認めることができない。また、甲第二一号証により認められる原告会社の事業内容に照らすと、原告澤田に対する休業損害を認めた以上、これとは別個に原告会社の損害を考慮すべきとも認められない。

(結論)

以上によれば、原告らの請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 堀内照美)

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